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20.入門者

  午後一の乱稽古中、道場入口から大声が聞こえる。門下生は皆夢中で誰も気がつかない。


 坂西はその喧騒の中から、呼び声を耳にして入口へ出て行った。


「頼もう!…頼もう!…たの…」


 年の頃30歳半ば。月代を伸ばしたままに結った髷は、いかにも浪人と見える。


「失礼つかまつった」


 坂西が男の前に出た。


「何度呼んだか知れぬ。早速だが、一手ご指導頂きたく参上致した。取次ぎをお願いしたい」


 男は大声を出した後とは思えぬ落ち着き払った声で言う。


「入門をご希望でおられるか?それとも腕試しでおられるかな。当道場では腕試しはお断り申し上げております」


「それは意外な言葉。腕試しとはとんでもござらん。深川一刀流の評判を聞き、お伺い致した」


「一手指導とは道場破りの常套句です。失礼致した」


「物言いが悪うござった。高窓から拝見していたが、目線が違って良くわかりません。とは言え、見学はさせて頂けないでしょうから一手と申し上げたわけでござる」


「見学はいつでも受けておる。良かったら付いて来られい」


 坂西は男と同道して道場内に入って行った。下座左奥に来ると、


「ここにお座り下され」


「かたじけのうござる。ご拝見仕ります」


 下座右奥には見学者が間を開けて二人座っていた。坂西が前に来ると即座に立ち上がり、


「先生、入門をさせていただきたいのですがよろしくお願い致します」


 二人は二十歳を過ぎたばかりであろうか、友人同士であるようだ。


「こちらの御仁もこれから一緒に見学される。決めるのはそれからにするが良い」


 三人は着座した。若い二人は何気なく見た男の正座を目にして、二人も慌てて正座した。


「止め!席に付け」


 門下生は道場左右に10名づつ並び座った。三人はよくぞこの20名が同時に乱稽古をしていたと驚いた。


 乱稽古は対戦相手だけでなく、周りにも身体が触れぬようにするのが決まりだった。門下生は四方にも精神を集中した。


 対戦相手の動きは予測が当然だが、周りの門下生の動きは皆目見当がつかない。これは戦と同じ状況であった。


 上座に師範代勝三が着座した。その前に坂西が立った。


「これより、そこの三名に立ち合ってもらう。吉野、防具を渡してくれ」


 坂西は静かな声音で言った。その声に若い二人は脅えたような顔になったが、黙って防具を身に着けた。男は防具を付けるのを断った。


「吉野、二人から順に立ち合ってくれ」


 吉野は道場札順11番目になる。若い二人の右側の男から立ち合った。吉野に相対するが動けない。そのまま面を打たれた。


 もう一人も同じく面を打たれた。最後は三十半ばの男。どうしたことか、吉野は相対したまま静止していた。打ち込めないのだ。


「川村、変われ」


 坂西は札順5番目の川村を指名した。川村は正眼に構えると瞬間に面を打ち込んだ。男は僅かに身体を左へ躱した。川村は空を斬っていた。

 

 川村は即座に上段に構え直し、再度面を打ち込もうとした。無謀にも胴ががら空きである。

 

 「それまで」


 坂西は声をかけた。そして、自ら竹刀を手にして男の前に立った。竹刀はぶらりと持つかのように、右下に下げられていた。


 男は見えない圧力に後ずさりした。その瞬間、面を打ち込まれていた。


 男の頭上に竹刀が静止している。男は唖然として棒立ちになったが、すぐさまその場に正座し両手を付いた。技量があまりにも違い過ぎる。

 

「入門、お願い致します。ご無礼致しました」


 坂西は平然として、


「三人の入門を許す。川村、吉野、よろしく頼む」


 三か月もすると、男は片腕一刀流の基本型を殆ど習得した。稽古は受け手に専念するため、門下生から競って練習相手に望まれた。


 男の名は片山伊織と言った。名に等しく優し気な顔をしていた。

 

 さらに半年が過ぎ、年に一度の認定試合が行われた。上座に谷崎師範と師範代勝三が着座した。


 試合は入門の遅い者から行われた。始めに同時入門の若い二人から始められた。


 札順11番目の吉野が対戦した。二人は、続け様に面を打たれて席へ戻った。続いて片山呼ばれた。今度は逆に、吉野が一瞬にして面を打たれた。


「川村、代われ」


 坂西の声に川村が出た。同じく一瞬に面を打たれた。場内がシーンとした。


「滝沢、代われ」


 坂西の声に札順4番目の滝沢が片山と対峙した。互いが構えた瞬間、片山が飛んだ。滝沢の胴を切り抜けた。決まった。誰もがそう見た。


 しかし、瞬間に滝沢は僅かに身体を左に捻りながら片山の面を打っていた。門弟全員が唖然として、シーンと静まり返った。


 それは片手斬りだった。これが片腕一刀流の真髄である。


 片山は胴を斬り抜いたはずの竹刀が空を切り、呆然となった。しかも面を打ち取られていた。片山は滝沢に深々と一礼をして自席へ戻った。


 その後は10人ずつ呼び出され認定試合が行われた。昼食を挿さんで夕7つ(16時)に終わった。


 認定が発表された。片山は札順12番目に指名された。納得がいかなかった。5番目の川村は負かした。ずっと下の吉野より下の順位である。


 次の日から、片山は乱稽古相手にびしびしと容赦無く相手を負かした。受け手に専念することは止めた。いつの間にか相手がいなくなった。                       つづく 

                         

次回21回は6月7日火曜日、次々回は15日水曜日共に朝10時掲載します