Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

              覚悟の失業 16

ありがとうございます。では池田さんの幸せのために」


 スピーカーの前に並んで座っていた。互いに身体を斜めにして乾杯をした。玲子はほっこりと幸せな気持ちになった。


 池田は玲子のにこやかな顔が嬉しかった。しかし、目を合わすことが出来なかった。ワインの味がわからない。何を話して良いかわからなくなった。


「もう一度、越路吹雪かけますね」


「はい、お願いします」


 4曲5曲と続けて歌が流れていく。玲子の心がせつなく堪らなくなってきた。ワインで口を湿らせた。池田も同じくワインを口にし、玲子をそっと見た。


 悲し気な顔をしている。その顔にせつなくなり、池田もせつなくなった。


 歌は続いて流れていく。”夢の中に君がいる”アダモの曲だ。


「あなたこそあたしの最後の恋人」と歌詞は繰り返す。


 曲はラストダンスは私に。そして、誰もいない海と続く。胸は焦がれて痛い。思い切って身体を少し寄せた。玲子は気付かない。目を閉じていた。


 玲子はそっと身体を離した。それは無意識だった。じっとしていたらそれは意識しているからだ。


 池田は恥ずかしくなった。身の程を知れと頭に浮かんだ。越路吹雪の歌は聴こえてこない。寄せた身体を何気ないふりをして離した。居た堪れなくなり、俯いてしまった。


 全曲が終わった。玲子は目を開けた。目は憂いに満ちていた。


「シャンソンって素敵ですね。心が解けてしまいました」


 玲子はシャンソンに没頭して、池田が身体を寄せて来たこと等全く気付いていない。


「他にも聴かせて下さい」


 池田はそう言われて、ほっとした。さっきのことで嫌われたのかも知れないと思っていたからだ。何事も無かったような話しぶりに安堵した。


「越路吹雪のライブ盤があります。聴いてみますか?」


 落ち込んだ気持ちは無くなった。気付かなかったと思うと嬉しくなった。


「是非聴いてみたいです。聴かせて下さい」


 立ち上がりながら、玲子のグラスが空になっているのを見てワインを注いだ。


「すみません、夢中で飲んでしまいました。でも大丈夫かしら…」


 よく見ると、顔中がほのかに赤く染まっている。


「シャンソンにワインは付き物と言われてます。飲みながら聴きましょう」


 嬉しそうに言う池田の顔もほのかに赤い。自分のグラスにも注いだ。


 ライブ独特のオーケストラ演奏が始まった。宝塚大劇場である。曲間に越路吹雪の説明が入る。そこは劇場になった。 


 せつない曲が連続して流れる。玲子はその曲に想いを重ねる度にワインを口にした。涙が出て来た。

 見ないふりをして見ていた。池田は胸が焦がれて来た。しかし、これまでに片思いの経験しかなく、単純に別れしか思い浮かばない。玲子のグラスへワインを注いだ。


 気の利いた言葉も言えず黙って注いだ。


「あら、こんなに飲んじゃってだいじょうぶかしら?」


 急に明るい顔になってグラスに手を添える。その上体が傾いている。


「今度はあたしが…」


 玲子は池田の持つボトルを手にして池田のグラスへ注ぎ始めた。上体が池田の方へ傾いて来た。池田は咄嗟に両手で支えた。玲子はボトルを降ろすと目を閉じた。


 当然、口を吸われるものと思った。その1秒2秒が長かった。何にも起こらなかった。


「大丈夫ですか?お水持って来ましょう」


 池田は緊張していた。そのせいか言葉も丁寧だった。玲子は我に返った。出された水をごくごくと一気に飲んだ。


「あたし、少し酔ったかも……」


 玲子は頬をピンク色にして笑いながら言った。

                          つづく

続き17回は11月5日金曜日朝10時に掲載します