Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

               覚悟の失業 15.

「当然、池田さんにはいらっしゃるでしょう。素敵な方でしょうね」


「とんでもない、僕にいるわけないでしょう」


「お感じになってると思いますが、僕は変わってるでしょう。だから友達も少ないのです。まして女性には全く縁がありません」


「私、そんなこと思ってもみませんでした。色んなことに精通していらっしゃるし、博識の方だと思っています。色々教えて下さい」


「博識でもなんでもありません。音楽が好きなだけです」


「訊いてもいいですか?シャンソンを聴いているとせつなくなる歌が多いようですが、聴くきっかけってありましたか?」


「トラック仲間に女性がいたのです。強い女性で、男の仲間はいつも言い負かされていました」


「女性ドライバーですか、珍しいですね」


「そうでもないんです。運転手は男女平等で給料は同じです。だから、結構なりてがいるんです」


「でも、男性の仕事と思われているから就職は勇気がいりますね」


「発想の転換です。会社勤め等は今だに男女の給料に差があります。男世界と言われた運転手は平等なんです。タクシーもそうです」


「でも、男勝りの人が多いですね。ある時、彼女の車が私の車の横に停めたのです。互いに窓が開いていたから、彼女の車から歌が聴こえて来たのです」


「良い歌だね。誰の歌?」


 と聞くと,


「越路吹雪よ」と一言。


「歌とメロディが素敵だから真似してCDを買ったのが始まりです」


「その人お元気ですか?」


「それから、三か月後に辞めて行きました。どこに行ったか分からないですね。運転手の仕事はいっぱいありますからね」


「それがきっかけで、シャンソンを聴くようになったのです。おかしいでしょう?恋もしていないのに」


「それは私も同じです。でも恋をしたら、もっと素敵に聞けるのかも知れませんね」


 池田は返事に困ってしまった。今の自分がそうだった。

 

「珈琲入れて来ますね」


 池田は立ち上がり、その場を離れた。自分が恋をしていることを知られたくなかった。身の程をしれ。自分に言い聞かせた。


 私、座っていても良いのかしら。男の人にさせるなんて何だか気が引けるわ。かといって私がすると言ったら図々しい気がする。どうしたら良いのかしら。


「どうぞ!ブラックで良いのですね」


「はい、ありがとうございます。二度までも入れて頂いて…すみません」


「いいえ、珈琲は入れるのが趣味なんです。ところで、ワインお好きですか?」


「ええ、料理に使っているうちに、どれが良いか比べるのが好きになりました」


「でしたら、お願いがあります。味を試して頂けませんか?」


「実は今朝届いたワインがあります。友達の勧めで送って貰ったのですが、実はワインの良し悪しは全然わからないのです。持って来ます」


 池田はワインを出して来た。そしてすぐにコルクを抜いた。慣れた手つきで。


「ずいぶん慣れていらっしゃいますね」


「どうぞ試して頂けませんか。お願いします」


 珈琲はそのままである。まさか、私を酔わせようとしているのかしら?いいわ。酔っても。

 グラスは一つである。トクトクと良い音がしてグラス半分まで注いだ。それを玲子の前に置いた。


「甲州ワインです。お願いします」


「私にわかるかしら、綺麗な赤色していますね」


 グラスを2,3回振るようにしてから鼻の前で匂いを嗅ぎ一口口に含んだ。池田は本格的な試飲に驚いた。じっと見守るように見ている。少し間があって、


「おいしいワインです。澄んだ綺麗な色なのに芳醇な味です。いちごキャンディのような匂いが素敵ですね。好きです」


 好きですと聞いて池田はどきりとした。その言葉は池田の気持ちである。


「良かった!おいしいと言われて安心です。3本あるから1本差し上げます。僕もグラス持って来ます」


 池田は返事も訊かずに立ち上がった。グラスと6Pのチーズを出して来た。


「どうぞ!飲みましょう」


 言いながら玲子のグラスに注ぎ足し、自分のグラスに注いだ。玲子にとっては約1年ぶりの酒である。昨年の忘年会以来である。


「こんなに注いで…。酔ったらどうしょう」


 酔っても良いとなぜかそんな気持ちになっていた。


「大丈夫です。僕が送って行きます」


 玲子は今年になって良いことは一つもなかった。病院は自主退社。就職先は見つからない。心が後悔でいつも沈んでいた。池田の明るい笑顔を見て、気持ちが晴れやかだ。


「じゃ、乾杯!あれ?何に乾杯します?じゃ、玲子さんの幸せに乾杯」


 池田は清水さんと言わなかった。頭に思い続けている名前、玲子さんと口に出てしまった。

                                                                                                                                      つづく

 

次回16回は29日金曜日に掲載します