Shopping Cart
Your Cart is Empty
Quantity:
Subtotal
Taxes
Shipping
Total
There was an error with PayPalClick here to try again
CelebrateThank you for your business!You should be receiving an order confirmation from Paypal shortly.Exit Shopping Cart

人待ちおでん屋台 8.

 その喫茶店はポプラと言った。店内は心地良い珈琲の香りが漂っている。音楽は今、ラ・フォリアが小さい音で流れていた。


 佐伯は1時間も前から座っていた。土曜日で昼時である。いつも座る奥の席が埋まっては困ると思った。しかし、意外とそこは空いていた。

 

 そこは、奥の角の席で隔離されたのような感じがあった。殆どの人は窓際の席を選ぶが、孤独を好む佐伯にはベストの場所だった。


 昼時だが、ひょっとして食事がまだなら御馳走したいと思ったから珈琲だけにした。いつのまにか視線が入口にくぎ付けになっていた。


 彼女が入って来た。すぐに手を上げた。彼女はにっこりと笑顔を見せてこちらへ向かった。まだ20分前である。


「こんにちは、お待たせしました。ごめんなさい」


「いえ、いえ、とんでもない。まだ早いです。どうぞ!」


「昨日はごちそうさまでした」


 珈琲代を払っただけである。律儀に礼を言われた。


「いいえ、恐縮です。それより、お食事はどうですか?」


「食べて来ました。珈琲を頂きます」


 佐伯も新たに珈琲を頼んだ。良い匂いを漂わせて二人の前に珈琲が届いた。


次回は6月3日金曜日朝10時に掲載します


「良い香り、おいしい!」


 水野は微笑みながら言う。


「マスターのこだわりで、珈琲はこの一種類しか置いてないんだよ。この香り味と言うか、鼻を抜けるような苦み味。旨いなー」


「珈琲通でいらっしゃるんですね」


「いや、通ではないけど。好きなんだ。はい、これバロックのCD」


 通と言われて照れ臭くなりCDを渡した。


「ありがとうございます。見ても良いですか?」


「どうぞ見て下さい」


 水野は紙袋から取り出すとタイトルを見た。バロック・ヴァイオリン名曲集とある。最初の1曲目のタイトルが無性に気になった。


「すみません、最初の曲[悪魔のトリル]とありますがトリルってどう言う意味ですか」


「奏法と言うか弾き方です。やっぱりタイトルが気になったでしょう?」


「はい、悪魔の曲何ですか?」


「いえ、作曲したタルティニーが夢の中で悪魔が弾いてくれたそうです。それがあまりに美しくて、目覚めてから直ぐに書き取ったらしいです」


「うわ!聴きたいです。美しい曲何でしょうね」


「美しい曲です。悪魔の曲です。いっぺんに魂を奪われますよ。聴いてみますか?」


「はい、聴きたいです。どうしましょう」


 水野は自宅へ帰って聴きたいと思った。


「大丈夫ですよ。今、マスターに頼んで来ます。このCD、ちょっとお借りしますね」


 佐伯は立ち上がるとすぐ戻って来た。


「今流れている曲が終わったら、かけてくれるそうです」


「本当ですか!うれしい」


「家ではどんな装置で聞いているんですか」


「ビクターの小さなコンポです。学生時代に買ったものです」


「それは良いコンポですね」


「でも古いから時々音が飛びます。それにイヤホンは片側から音が出ないから買い替えようかと思ってます」


「あ、それ直りますよ。直しましょうか?」


「本当ですか?直して頂けますか?でも大きいからどうしましょう」


「良いですよ。行きますよ。リクエスト曲を聴いたら、アパートへ帰って道具を持って来ます」


 ごく自然の成り行きだった。互いに何の違和感もなかった。

                            つづく

続き9回は24日金曜日朝10時に掲載します